2017. 01. 06  
 昨年は、症状(symptom)と徴候(sign)を意識した年でもありました。

 症状は患者側からの訴えであり主観的な内容で、徴候は医療従事者が患者の心身から得られる客観的な事象です。ですから、私たち医療従事者は症状に関しては患者の訴えに頼らざるを得ませんので傾聴する姿勢が大切であるということになります。
 徴候は刺激に対する反応です。陽性とか陰性とか、健側と比べてどうなのかを観るものです。徴候は患者が発する情報です。せっかく情報を発していながら情報収集側に知識がないだけに、興味がないだけに見逃してしまうことがありますので、一つでも多くの徴候を収集する努力が求められます。


 患者の訴えを徴候で確認する。


 しびれを訴える例では、そのしびれが何を意味しているのかを確認する必要があります。患者と医療従事者間での認識の共有です。しびれは必ずしも患者と医療従事者間で一致している症状とは限りません。しびれの多くは末梢神経障害由来の症状ですので、その症状を支持する徴候を見つけ出さなければなりません。

 母指・示指・中指のしびれであれば、チネルサインで部位を特定していきます。その他の徴候、ここでは誘発検査ですが、Phalenテストや神経幹圧迫検査などで手根管症候群(CTS)の徴候の有無、perfect “O” ringで長母指屈筋と示指の深指屈筋、短母指外転筋の筋力低下の有無を確認します。

 出来れば客観的な数値として神経伝導速度検査を行っておく必要があります。治療前後での効果判定するためにも客観的な数値は必要です。
 握力やピンチ力、VASなどの数値で表せるものは測定しておくべきです。


 交通事故による外傷性胸郭出口症候群(TTOS)例で四肢のしびれを訴える方がおります。そのような例に対して坐骨神経に緊張を加えると斜角筋の緊張感と上肢のしびれが増悪することがあります。これも一つの徴候だと考え重要視しております。刺激に対する反応。誘発で陽性ですので、そこには陽性となる理由があるのです。
 末梢神経は基本的に深部組織に固定されない滑走性を備えた組織です。坐骨神経を介して脊髄を尾側方向に牽引すると腕神経叢は椎間孔に引き込まれるように近位方向に滑走させられます。腕神経叢が斜角筋により絞扼されていると腕神経叢の緊張が増すために症状が誘発されます。


 手の浮腫と腫脹、熱感、こわばり、痛み、可動域制限を認めるStiff hand。
 腱鞘炎由来のStiff handですがCRPSと診断されることもあります。CRPSを除外するためにも腱鞘炎の徴候を探し出さなくてはなりません。腫脹と熱感、関節可動域の制限、A1プーリーの圧痛、MP関節の過伸展制限、腱通過障害。
 CRPSは稀な疾患であるため対応が遅れる場合があります。痛みのコントロールが容易でない例では過剰反応と指摘されるかもしれませんが、まずはCRPS疑いで扱わなければなりません。
 腱鞘炎由来のStiff handは医療従事者が意識さえしていれば容易に診断することができます。外傷性でも非外傷性でも生じます。 

 橈骨遠位端骨折後の症例で何となく手がこわばって、腫れぼったくて、熱っぽい手の方はおりませんか?それが腱鞘炎由来のStiff handなのです。

今年は脊椎疾患関連の徴候を学び、TTOSに合併する下肢のしびれの病態を解き明かせたいと考えております。

今年もよろしくお願いします。
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2015. 01. 05  
 明けましておめでとうございます。
 昨年同様、今年もよろしくお願いいたします。
 今年は有意注意して患者さんの訴えを傾聴したいと思っております。

 この数年、患者さんに特異的な肢位をとり“快ですか”“不快ですか”と確認してきました。刺激に対する反応を観るのです。特に、胸郭出口症候群では有効ですが、他の疾患でも応用していきたいと思います。

 患者さんからこうすると(症状が)楽になるとか、こういう姿勢でつらくなるなどのご意見を頂きます。なぜそうなるのかを考えていかなければなりません。セラピィへの大きなヒントがあるはずです。

 他医から転院してきた腱鞘炎由来の拘縮手の患者さんは、「手を冷やすと気持ちがいい」と担当セラピストに訴えたそうです。しかし、「そうですか」と聞き流され毎回決まったように42度のバイブラバスと強力な他動ROM運動、繰り返す自動屈曲運動を継続されたそうです。冷やすと“快”ということの意味を考えてくれれば、治療方針が変わったはずです。熱感と腫脹を強く認めたのでとにかくアイシングをしました。アイシングで“快”。熱感と腫脹が軽減して可動域が拡大しました。このような些細なことを大切にする必要があります。これまでアイシングの指示はなく「温めて動かす」と言われ続けてきたそうです。

 日常臨床の中で症状を誘発ないし増悪させる誘発検査と、これとは逆に症状を緩解ないし軽減させる緩解試験を使用していると思います。これらの検査には感度と特異度があり、各検査の特徴を了解して使用しないと本質を誤ってしまう可能性があります。また、検査は診断のためのものであり、これが治療に直結しているものとは限りません。

 定型的な検査ではありませんが各症例において特異的な肢位における症状の誘発と緩解を観ることは、運動器のリハにおいてはとても重要なことだと考えます。
 “台所で野菜を切る動作”つまり、立位での頚部屈曲状態で上下肢に痛み、しびれが誘発する場合にどう考えますか?既往歴、受傷歴を確認し他の誘発・緩解検査も合わせて考えなければなりません。脊髄への緊張が考えられます。それでセラピストとして何をすべきかを考えていかなければなりません。

 この肢位はあなたにとって快(緩解)ですか?不快(誘発)ですか?(当然、どちらでもない場合もあります)と尋ねるだけです。不快であればその症状は普段でも生ずるのか確認します。普段でも生ずる場合には誘発肢位に関連する症状と見なすことが出来ます。特に神経性疼痛か否かを観るのに有効です。

 この快と不快を尋ねることは胸郭出口症候群例での病態把握にとても有効です。
 患者さんの中には、医学的な知識を持ち得ていなくとも経験から不快を回避する方法を習得されている方もおられます。それがセラピィのヒントです。
 不快となる誘発では神経に伸張、圧迫などのストレスが入っていることを示すものであり、快となる緩解ではそれらのストレスの解除を意味します。ですから、ライフスタイルで不快となる姿勢や肢位、動作は回避すべきであり、快となる姿勢は積極的に取り入れていきます。それがセラピィとなります。つまり快が得られる姿勢、肢位を体得するということになります。そのためには筋力を強化し、筋を伸長し、神経の滑走を拡大することが必要になります。

 これまでがそうでしたが、“患者さんに教えを乞う”つもりで、些細な訴えや何気ない会話を有意注意して聞き取り、刺激に対する反応から隠されている病態を推測し、治療の効果を高めていくつもりです。
 (有意注意:意を持って意を注ぐ。目的を持って真剣に意識や神経を対象に集中する。 稲盛和夫「生き方」より引用)
2014. 01. 04  
2014年 年始の挨拶

 明けましておめでとうございます。
 昨年後半は多忙を極めグログの更新が停滞してしまいご訪問の方にはご迷惑をおかけしました。今年も可能な限り更新するつもりですが、5月までは下記の如く重要なイベントがあり更新が滞ってしまうと思います。

 今年の大きなイベントとしましては、沖縄で4月19日(土)に開催されます第26回日本ハンドセラピィ学会学術集会を学術集会会長として責任もって成功することです。学術集会運営は当然の如く始めではありますが、実行委員の先生方に経験者がおられますので力強く思う次第です。また、人が行う作業ですのでいくら確認していても見逃してしまうことが多々あり、現在進行中の抄録集の原稿では文言に間違いがあってはいけませんので、毎朝出勤しては実行委員の先生方のメールを確認し、患者診療の合間に返信をする毎日です。同じ原稿を繰り返し読んでいると誤字脱字が拾えなくなってしまうものです。

 参加者は予算上では500名ですが、会長としてはあえて参加者に制限を加えておりません。少しでも多くの方々に参加して頂けるようにと思ってのことです。しかし、沖縄というリゾートという地の利はあるものの、地元の方を除けば飛行機での現地入りとなりますので早めのチケット予約が必要になります。

 今回の学術集会のテーマは「末梢神経障害の保存療法」です。「とりあえず保存療法」なのか、「まずは保存療法で経過を観て効果次第では手術」なのか、「治療の適応が保存療法だから保存療法を行う」なのか、これらは全く異なる次元だと思います。つまり保存療法の適応をどのようにとらえるかがとても重要であり、適応の基準が異なれば結果も異なってきます。保存療法だからこそ適応を考えなければならなく、手術であれば適応より術後の合併症を考えなければならないと思います。


 今回の学術集会でこのテーマは決して結論には達するものではありません。問題提起として捉えてください。
 手根管症候群の保存療法言えば装具療法での手関節の固定が定石となっておりますが、固定で解決できるのでしょうか?
私の叔母が手根管症候群となり神経伝導速度検査から装具療法の適応でしたので、早速スプリントを作製し装着しました。1週間もしない内に治らないと電話がありました。しびれというより痛みが主症状でした。確かに夜間痛を強く訴える例では保存療法の適応外であり手根管開放術をすべきという内容の論文もあります。しびれが装具療法で数日中に軽減される方もおられるのに、どうして1週間で夜間痛が軽減しなかったのでしょう。また、この夜間痛はどうして生ずるのでしょうか。
結局のところ、装具療法の適応は明確になっておりません。適応を明確にする前に手根管症候群の病態を明らかにしなければなりません。不明な点ばかりです。

 私が臨床で患者に向き合う際に、なぜこの方が手根管症候群にならなければならないのかを考えております。手の使用過多なのか、更年期障害なのか、糖尿病なのか、甲状腺機能低下なのか、何かその人が手根管症候群にならなければならない病因が潜んでいるのか?悪性腫瘍の既往がある方で手根管症候群を発症される方がおられます。既往ですので治療歴があり定期的に検査されておりますが、既往がない方だったらいかがでしょうか。事務仕事で手を使う趣味もなくDMもなく両手の手根管症候群を訴える男性では、手根管症候群だけを診ていていいはずがありません。
 メカニズムとしては正中神経が手根管内で腱鞘が腫脹して圧迫されるということはわかっているのですが、それがどうしてなのかは分かりません。このような不明な点が多々ある手根管症候群に対して、短母指外転筋に萎縮がないから、萎縮が少しだけだからと装具療法の適応と単純に決めつけていいのか。このように身近な手根管症候群でも不明な点が多々あります。しかしながら、我々セラピストは日常臨床で手根管症候群の保存療法に携わっております。もっと掘り下げなければなりません。枠を超えた何かが必要だと思います。そのために、今回のテーマを叩き台として参加者全員でもう一度よく考えて頂ければ、何か新たな発見が生じるのではないかと期待しております。
 私も学術集会会長として運営だけに携わるのではなく、学術集会のテーマを決めたからには私なりの考えを述べたくシンポジストとして参加いたします。他のシンポジストやフロアーの方々からどのような意見を頂けるのか、今から楽しみにしております。
 そういうことで、4月19にまではこれまでにない多忙な日々が続くものと思います。

 ところで昨年に読んだ本の中の一つに、ミヒャエル・エンデ作の「モモ」という学童向けの本がありました。
 久しぶりにはまりました。モモという少女がたくさんの時間泥棒から仲間や周囲の人たちの時間を取り戻すという物語です。驚いたのがこの本は1976年に第1刷が発行されたという点です。現代の我々がとても大切なモノを忘れてしまい、日々の生活を時間に追われてせかせかと生活していることに、エンデはこの作品を通じて時間とゆとりのある生活の大切さを読み手に再認識させようと40年前に執筆しております。
 スローライフという言葉をここ数年よく耳にします。私も先に「昨年後半は何かと忙しくグログの更新がままならなく・・・」と述べておりますように、ありふれた生活、家族との時間をを二の次にして時間を浪費していたのかもしれません。これまでのブログはゆったりと自分の考えをまとえていく作業でしたが、最近はとりあえず更新しなくてはと追い込まれて書き上げていたような気がします。心が入っていない文章を後で読んでいてとても陳腐なものです。
 今年の前半は数少ない更新になるとは思いますが、心が入った内容を掲載できますように致します。

 皆様にとってどのような年になるのでしょうか。
2013. 01. 04  
 明けましておめでとうございます。
 
 いつもこのブログに訪問して頂き感謝しております。
 意に反して反響というか訪問者が多く嬉しく思しつつも、前向きで臨床に直接応用できる内容にしなければならないという責務を感じております。

 このご時世はエビデンスがないと語れないようですが、一つ一つ意義のあるエビデンスをとるには症例と時間、労力がとても必要ですが、目の前の患者にはリアルタイムに対応しなければならないということもあり、自験例で伝えておくべきこと、これまでの経験から後輩に指導するような内容を中心に述べてきました。
 このスタイルは変わらないと思いますが、学術的な報告も随時入れていきますし、エビデンスが得られる学術的報告もしていきたいと思っております。

 これまでお伝えしてきたようにセラピィには後療法と保存療法とがあり、セラピストにより興味が分かれるところだと思います。

 よく「手外科医がいないのでハンドセラピィが出来ない」言われるセラピストにお会いします。なぜなのでしょう。おそらく医師の処方箋イコール具体的なセラピィ内容を期待しているのはないでしょうか。後療法は術者から詳細な情報を得てどのようにセラピィを進めていくかはとても重要ですが、セラピストの考えがなければただの医師への依存だと思います。確かに処方箋なしでは患者を診ることはできません。

 私は保存療法というセラピィはセラピストが力を発揮する機会だと強く信じております。
 医師から処方箋が得られればその機会に巡り合えるのです。ですから手外科専門医でなくともハンドセラピィはできるのです。セラピストが自分の限界を手前に引きすぎているのだと思うのです。限界でなければセラピストが超えてはならないラインを引いているのか、引かされているのかのどちらかです。
 OTは干されつつある。他職との違いが不明瞭。PTがOT領域に入り込んでいるなどとも言われているようですが、自己拡大をしていないだけだと思います。

 患者治療がセラピストの仕事です。仕事は”事に仕える”ことだと恩師でもある形成外科医に教えて頂いたことがあります。生活のために働くことは否定しません。それが最も重要だとは思いますが、仕事を通じての自己表現の場という見方をすれば、セラピストとして何をすべきか思いつくことが出来、行動に移せるものです。

 詳細は忘れましたが、ある国の軍隊で規律を守らせるために”職務において家族や恋人に恥じることのない言動をとっているのか”という問いかけをするそうです。
 セラピストの皆さんが手を抜いているとか、悪意をもって対応しているとかということを言っているのではありません。治療者として患者さんのニーズに即した結果を出すためにどこまで思い悩んで行動しているのかということです。これは自分自身にも言い聞かせていることです。

 ある大工の患者さんから「修理を依頼されて治せない大工は仕事を引き受けてはならない。手をけがしたのに治せない治療はいったいなんだ。」と言われたことがあります。
 非常に難しいことを言われました。反論できませんでした。これが患者さんの本音だと思います。しかし、医師から処方箋がきたならリハビリをするのがセラピスト。治せなくとも担当してしまう、担当しなくてはならないところに自責の念が生じ自己嫌悪、自信喪失となり150日超えをもって”意に反し仕方なく終了です”と言ってしまう無責任な自分が潜んでいるのではないでしょうか。
 自分の技量に限界があるのならば、転院させても患者さんのニーズに応える勇気も必要です。

 自由診療で独立した後輩が二人います。クライアントのニーズに応えることが出来なければリピーターとしてクライアントは二度と来てくれません。本当の意味で真剣勝負だと思います。
 とことん問題把握をして保存療法としての手技を磨き上げていかなければ仕事がなくなるのです。サラリーマンの病院勤務のセラピストとは全く違う厳しい環境にあるのです。
 私は病院勤務ですが、徹底的に自らを律し私が担当する患者さんに仕え、そこで得られた知見はブログや学術集会で報告していこうと決意しております。
 このブログを通じて些細なことでも結構です。日頃の臨床で分からないこと、疑問に思われる事柄をコメント頂ければ返信いたします。分からないことは訪問者の方々にご協力を求めます。些細な社会貢献として参加できれば幸いです。

 今年もよろしくお願いいたします。
2012. 01. 02  
 昨年は多くのことを考えさせられ、また、無力であることを思い知らせられた一年でした。私の実家は福島県郡山市です。震災の影響もあり被災届けを申請しております。しかし、放射能汚染という文明災害の今後永続する脅威には保障がなく、年老いた両親は今尚、地元での生活を続けております。内部被爆の影響が出る前に天寿を全うするものと思います。
 私達は泰平の世で生を受け今日に至り、天災の脅威に対する備えは欠落しておりました。また、電化による生活基盤が当たり前となり、電気が湧き水かのように無限に得られる錯覚をおこし節約意識は皆無であり、需要に対する供給バランスに応じて原子力発電施設が各地で建設され発電され、我々の自律のない生活で消費されています。原子力という文明の利器によっての利便であり、今回の被爆というSF的な脅威へは無頓着でありました。

 闇夜の消失。衛星写真ではっきり分かる夜の日本列島。昼夜の区別もない生活。四季のある日本での強度のエアコン依存。夜間の人工的なネオンで恋まどろむカップル。近所までの移動手段に自家用車。テレビ番組に拘束される毎日など、危険を冒してまで手に入れるべきものでしょうか?

 人それぞれの生活ですが、ちょっとした工夫、節約、行動で生活を変えることができるのではないでしょうか。忘れてはいけないのが被災後の生活です。計画停電時の不便さ。ガソリンスタンドでの長い行列。食料不足。電池の売り切れ。自動販売機での水の売り切れ。震災後の帰宅困難。そして、いつ収束するか分からない放射能汚染。

 3.11では、地震、津波という天災では多くの犠牲者がでましたが復興には目途が立ちます。しかし、放射能汚染では人知が追いつかず不安が先行し風評被害も避け切れません。子供たちに大人の我々が残してしまった負の財産の重みを改めて痛感しなければなりません。視野を広げて何をすべきか。何を選択しなければならないのかを真面目に考えなければなりません。これらを考えますと、未来に対して望みがありません。

 今年の年賀状には一陽来復と記しました。
 しかし、他力本願ではなく自力で行動をしていかなければなりません。自分のこと。家族のこと。職場のこと。出来ることから行動し共鳴者を増やすことから始めないといけないと思います。

 このブログを始めたきっかけも、そのような動機でした。
 セラピストという職業で社会貢献は限られます。しかし、それは健康保険という枠組みに限ったことです。
 私は現在、手に特化したハンドセラピストです。このブログは、手に特化していないセラピスト。つまり、日常診療で手以外の運動器を日常臨床で診られているセラピストで、“手”の障害も時には診るセラピストを対象に情報を発信しております。
 こういうセラピストのもとにも患者は望みを託して通院して来ます。少しでもその望みの手助けができれば、患者はもとより、その家族にも貢献できるものと信じております。
 以前、ある実習生のレポートを指導しながら問いかけたことがあります。「自分の彼氏だったらどうする?」と。返答は「しっかり勉強します」でした。あまりにも正直で愛他心のない返答に絶句したことがありました。他人事なのです。しかし、実習の後半でレポート内容に変化を認めたので訳を尋ねました。「(担当患者を)良くしたいのです」。実習生に変化が生じてきたのには心が救われました。後は、知識と経験を積むことだけです。知恵袋でなく、考え方を提示していけばしっかりとしたセラピストになるものと認識しました。
 手に特化した者が自施設の患者だけを良くするのでなく、このような手段で考え方を伝えることには意義があるものと確信しております。既に、多くの訪問者から問いかけがありました。指導者がいないのです。広く浅くでは指導のしようがありません。
 昨年の後半は、業務量が多くブログの更新が滞ってしまいました。今年こそはと言いたいところですが、多くのことに時間を割かなければなりません。しかし、短い文章になるかもしれませんが一つでも多く更新していきます。
 皆様方の臨床上のご質問、一般の方(患者さん)からのご質問にも、率直に対応してまいります。
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プロフィール

阿部幸一郎

Author:阿部幸一郎
作業療法士、認定ハンドセラピスト

 日常の臨床で手のリハビリに携わるセラピストを応援し、自分自身も切磋琢磨することを目的に、2011年7月にこのHAND maintenance studioを発足致しました。
 特に、指導者がいないセラピスト、数少ない手外科の患者をどのように診ていいのか迷うセラピスト、総合病院で手外科に専念できないが興味があるセラピストなどを応援します。
 そのため定期的な手のリハビリテーション(ハンドセラピィ)に関するセミナーを企画開催しております。
 また、手のことでお悩みがある方に対しては相談や運動指導を直接行っております。
 ご遠慮なく、訪問して下さい。

Twitter:@hand_abe(フォローをお待ちしております)

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